緒論:日本カメラ化計画に着手☆
カメラはどうして自分を夢中にするのか。夢中にさせてきたのか。
幼少期にこんな経験をした。父が新宿西口ヨドバシカメラで「ピッカリコニカ」を買ったのを見て、カメラは大人の買い物の象徴のように思っていた。ところが、自分と同世代の子の一人がカメラを持っているのを知るや、実に羨ましくなった。私は中学1年(昭和60年)の秋にようやく、キヤノンオートボーイ2を買った。ほどなく、ほかのメーカーにどんなカメラがあるのか気になり始め、新聞の折り込みチラシや通販の広告を収集、関連書を読むにつけ、カメラの世界の奥深さにのめり込んでしまった。様々なフイルムの違いも面白い。
さらに興味を煽ったのが、中学2年の夏に上野・国立科学博物館で開かれた「日本のカメラ発達展」。日本の歴史的カメラの復刻や実物がズラリと並んだ展示は圧巻で、会期中4回通った。(会場で本などを購入するともらったバッチはその後、私がメインで使ってきた代々のカメラのストラップにつけ続けており、今はペンタックスK10Dにつけている)。同時期、ミノルタα7000が大ヒット商品となっており、本や雑誌で一眼レフの仕組みを知りつつ、各メーカーの開発競争を面白く感じ始めていた。同時に、自分が使うとすればどのメーカーのどの機種なのか、思案を重ねた。
高校1年だった昭和63年の12/24、初めての一眼レフとして、新宿のアルプス堂でペンタックスのスーパーAを中古で購入した。ペンタックスがAF化でもマウントを変更していないこと、スーパーAが一通りのAEモードを備えていること、ワインダーは不要であること、ストロボがTTLオートで使えること〜といった理由でスーパーAを選んだが、これは大正解だったと思う。ミラーのショックが大きいこと以外は、質実に作られたいいカメラだ。各社のラインナップを時間をかけて研究した結果の買い物だったので、この時点でカメラに関するウンチクの基本はある程度飲み込んだと思う。カメラは単なる道具ではなく、趣味と呼べるものになった。“写真を撮ることより、カメラのウンチクが好き”という、この基本線は今も全く変わらない。いや、撮影も好きだけど、あんまりうまくないと思うし。
大学に入ると、趣味と実益を兼ねようということで、大手フイルムメーカーの販促のアルバイトをした時期があった。そんなに長期間ではなかったが。主に郊外型の量販店でヘルパーとして、フイルムを売った。後に、学生アルバイトとしては特別にカメラもやらせてもらった。店頭では他社からのヘルパーとの緊張関係みたいなものもあり、それには結構ビビりながらだったが、それも含め、お客さんとのやり取りなどが勉強になった。編集分野に就職し、嬉しいことにこれまでに数度、カメラと接点のある仕事をさせてもらったことがある。これからもそんな機会があるかもしれない。
とまあ、カメラ好きでかれこれ20年以上やってきたけど、近頃、何だか勝手が変わってしまった。デジタル化でカメラ好きな人が増えて嬉しい限りだが、一方で最近の一部のカメラ雑誌を見ていると、中には??なこともある。何を以ていい写真とするか、ということすら変わりつつあるように感じる。例えば、色がドギツ過ぎて(彩度が高いというらしい)不自然な写真や、ストロボ光がダイレクトに当たって被写体の質感というか滑らかさがまるで潰れ、しかもストロボのせいでモロに影が出てしまったような写真、(作画意図ではないと思える)中央部露出オーバー&周辺部光量不足な写真が、作例として平気で出ているようなカメラ雑誌もある。いや、そう言う自分もモノグサだし、別にプロじゃないので、そういう写真を撮ることはある。そうではなく、そういった写真が失敗例ではなく作例のようにしてカメラ雑誌に出てしまっている。しかし、それが世の中で通用しているんだから、おかしいと思う自分がおかしいのだろう。といっても、写真なんて一般人は撮った本人が満足すればいいのだから、私が見方を変える必要もないだろうけど。これらとデジタル化に直接の因果関係があるかは不明だが、時期は一致しているように思う。
特にデジタル関連のウンチクについては、まだまだ知らないことが多い。そもそも、なんで0と1だとかいうデジタル信号をシノゴノ変換すると写真になるのか、まだよく理解できていない(文系!)。あと言葉なんだけど、「被写体ブレ」なんて昔言ったっけ? 自分が知らなかっただけ? 「解像感」??・・・もちろん、知らない言葉が出てきたら覚えればいいのだけど、それ以前になんか言葉としてピンと来ない感じがする。例えば、またの機会に書くけど、「被写体ブレ」って言い方、なんか責任転嫁っぽくない? 要するに低速シャッターだよね。
基本的に写真の学校に通ったとかではないし、デジタルのウンチクどころか、デジタル以前についても所詮タカが知れている。このブログでは私なりに分かる範囲で、私なりの主観で、デジタルも含めた古今のカメラについてウンチクを連ねるつもりだ。個人的に一番大事だと思うことは、カタログに載る性能よりも使い勝手。どんなに性能がよくても、ゴツゴツと手に馴染まなかったり、操作が分かりにくかったら、そのカメラは救えない。…この手の話なら、デジタルだろうがあんまり関係ないと思う。もちろん使い勝手以外のことも、思いつくままに書いてみたい。カメラ屋さんのこととか、あとPIE(旧カメラショーなどを統合したイベント)のきれいなコンパニオンさんのこととかも!? 興味の対象はほぼ、昭和50年代以降の日本のカメラ。言い換えると、電池を使う時代のカメラ! クラシックカメラは殆ど語れない(クラシックカメラの定義にもよるが)。
オタクっぽい。けれどもカメラという小さな箱は、各時代の技術の塊なのであって、各社が磨きをかけながらそれが変わっていく様は実に面白い。また、いい写真を撮るにはカメラはこんな形がいい、というエルゴノミクスのようなことをあれこれ考えるのも楽しい。興味のある分野について、知らなかったことを知るのは嬉しい。夢中になっても仕方ない。日本中がカメラに夢中になってしまえ!
私は一応は編集分野の仕事をする人間ということもあり、内容は間違いのないようによく気をつけたいけど、所詮は一個人のブログ。一切の責任は負えないのを許して頂き、もしご指摘を頂けたら大変うれしい。更新は不定期で、今回のようなまとまった文章だと月に数回程度かもしれないし、メモ書きみたいなものなら随時、ということになりそうだ。初回なので少しかしこまった文体になったけど、時には乱れた文体にもなると思う。自己満足だけど、少しでも目にとめて頂けたら!
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